混合診療原則禁止派を非難する無知で無恥な妄想家達

概要 

混合診療禁止を声高に非難する人は、願望と現実の区別がつかない人が多い。

  • 解禁要望理由等の混合診療問題の本質を全く理解していない
  • 国民皆保険制度を全く理解していない
  • 願望と現実の区別がついていない

よくある妄想家 

以下に妄想家の典型例を紹介する。

本質の無理解 

保険料を払う以上は保険のメリットを享受しつつ、いざとなれば症状に応じ、自己負担で追加サービスを得て何が悪い。


国民皆保険は医療サービスの画一化を目的とした制度ではない。 上乗せ分を自己負担出来る層と出来ない層で、「医療格差」が生じるとの批判は的外れだ。 懐具合で料亭かラーメン屋か決めるのを「格差」とは呼ばない。


セラミックを使ったら、保険が効かないとか。 今どきの世の中で有り得ない話ですよ。 お役所の馬鹿さ加減がわかります。


金があるかないかで受けられる医療に差が出るとはいうものの,保険診療の範囲の医療はこれまで通り受けられます。

将来的に保険診療の範囲は狭まるかもしれませんが,それは例えば湿布や風邪薬は保険適応外になるとか,そういうレベルのものでしょう。 通常の胃癌の手術が保険適応外になったりすることはまずないと思います。


「金があるかないかで受けられる医療が異なる」,それはあるかもしれませんが,上述のように保険適応内の医療は受けられます。 極端な話,日本の厚生労働省が効果があるかどうか判断を下していない医療を自己責任・自己負担で受ける,というのですから,金がないからいい医療を受けられない,というのは次元が違うでしょう。 それこそ,お金出して治療受けたけども日本人にはあまり効果がないことが後から判明した,ということがあるかもしれません。


混合診療を認めると、貧乏人がまともな診療を受けられない、と云う話は嘘です。 ベーシックな診療は保険制度により低額で、しっかり受けることが出来る。 この1階部分に対し、特別な付加サービスを受けるため、自腹で2階に上がる人はどうぞ、ご自由にと云うのが成長戦略の方針です。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

妄想家は次のことが全くわかっていません。

  • 現実の患者にとっての「上乗せ分」は保険外の「ベーシックな診療」のこと
  • 妄想家にとっての「上乗せ分」は「料亭かラーメン屋か」の違い

「料亭かラーメン屋か決める」程度の問題なら、誰も、混合診療を解禁しろとは言いません。 店先で騒ぐクレイマーはいるかもしれないが、社会問題にまではしないでしょう。 ましてや、裁判を起こしてまで認めさせようとする人はいません。 百歩譲って、仮に、裁判を起こしたとしても、「料亭かラーメン屋か決める」程度の問題なら、「生存権の侵害」などという訴訟理由は成立しません。 なぜなら、「上乗せ分」を我慢すれば、命までは取られないからです。 そう、その場合は、生存権の問題ではなく、単に「上乗せ分」の問題に止まります。

社会問題になる理由を冷静に考えれば、「懐具合で料亭かラーメン屋か決める」程度の問題ではないことは容易に予想可能できます。 というか、まともな思考ができる人なら、「懐具合で料亭かラーメン屋か決める」程度の問題が社会問題になることを疑問に思うでしょう。 疑問に思ったなら、本当に「懐具合で料亭かラーメン屋か決める」程度の問題なのかどうか良く考えるでしょう。 調べるなり人に聞いたりするなりして、少なくとも、その核心部分がハッキリしない限りは軽々しく物を言えないはずです。 良い加減なことが言えるのは、無知で無恥な妄想家だけです。

現状ですら、ドラッグラグ・未承認薬問題により、「貧乏人がまともな診療を受けられない」状況が発生しているのです。 既に、「ベーシックな診療」の一部については、「保険制度により低額で、しっかり受ける」ことができないのです。 だから、その保険外の「ベーシックな診療」を「上乗せ分」した場合は、「上乗せ分」だけを自己負担で受けさせて欲しいとして、混合診療が社会問題化しているのです。 誰も、「料亭かラーメン屋か決める」程度の問題で、混合診療を解禁しろなどとは言っていません。 そんなことは少し考えれば誰でも分かることです。 もちろん、現実世界を見ている人に限りますが。

願望と現実の区別 

混合診療解禁には問題がありますよ。こちらをどうぞ。


ご紹介のリンクも読みましたが、問題点としてあげている項目の何が問題なのか、ソコが理解できません。


金があるかないかで受けられる医療に差が出るとはいうものの,保険診療の範囲の医療はこれまで通り受けられます。

将来的に保険診療の範囲は狭まるかもしれませんが,それは例えば湿布や風邪薬は保険適応外になるとか,そういうレベルのものでしょう。 通常の胃癌の手術が保険適応外になったりすることはまずないと思います。


敢て厳しい事を言はせて戴きますが、理解出来ないのではなく、理解したくないのではありませんか。 此の問題について全くと云つて良い程無知だつた私でも、一読して大体分りましたよ。


混合診療を認めると、貧乏人がまともな診療を受けられない、と云う話は嘘です。 ベーシックな診療は保険制度により低額で、しっかり受けることが出来る。 この1階部分に対し、特別な付加サービスを受けるため、自腹で2階に上がる人はどうぞ、ご自由にと云うのが成長戦略の方針です。

旧来の考え方は、2階に上がる奴は許さん、1階のベーシックな診療すら認めないから、全額てめえで払えという、無茶苦茶なものでした。


混合診療を解禁すると「1階部分」の国民皆保険制度が崩壊の危機に曝されると申上げてゐるのに、どうして此の様なレスが出来るのか理解に苦しみます。 リンクを貼つたサイトを良く読んで下さい。

確かに医療もサービスの一つですが、国民の命に関る重要な物です。 透析患者である私にとつて、国民皆保険制度の崩壊は則ち死を意味します。 嘗て透析は保険の対象外で、金の切れ目が命の切れ目でした。 此以上家族に重い経済的負担を掛けられないからと、シャント(透析に必要な血液流量を確保する為に腕の血管同士を縫合した物)を切つて自殺した人が少なくなかつたのです。 そこで患者さん達が団体を作つて国に働き掛け、昭和四十七年に保険が適用される様に成りました。


混合診療が、なぜ国民皆保険制度の崩壊に繋がるのか、そのロジックが理解不能だと申し上げてるんですよ。 1階部分は従来通りなら、保険制度は成り立つじゃありませんか。


私がリンクを貼つたサイトを読んで自分の頭で考へてゐませんね。 知的怠惰としか言様がありません。

仕方が無いですから、当該サイトより混合診療解禁によつて国民皆保険制度が崩壊の危険に陥る理由の一つをコピーして紹介します。


この程度の話で、国民皆保険制度が崩壊しますか???


増えたとしてもそれが理由で国民皆保険が崩壊するだろうか,と思っています。 そもそも,今でも殆ど崩壊が近いのですから…


財政破綻の怖れがあるなら、患者の負担を増やすか、給付内容を削るか、保険である以上、そうするしかないです。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

妄想家は事実を検証せずに「1階部分はそのままで2階を増設したい」という願望を述べているだけにすぎません。 1階部分に影響を与えずに2階を増設可能かどうかは、検証しないと分からないことです。

混合診療は、例えるなら、次のようになります。

  1. 平屋建ての倉庫の天井が屋根の重みで下がってきて収納容積が減った。(「今でも殆ど崩壊が近い」)
  2. 不足する収納容積を補うために、新たに2階部分を増設する。
  3. 2階部分の利用は高額の別料金となる。

この1階部分が保険診療で、2階部分が自由診療です。 常識で考えれば、次のことは容易に想定できます。

  • この状態で2階部分を増設すれば、1階の天井にかかる重みが増えることは確実(「増えたとしてもそれが理由で国民皆保険が崩壊するだろうか」)
    • 結果として、1階の天井はさらに下がることが予想される(「給付内容を削る」)
  • 天井が下がらなければ、2階部分を増設する必要はなかった

1階の天井に相当な重みがかかっていて、既に、1階が潰れかけているわけです。 だから、2階を増設しようとしているのです。 普通に考えれば、2階を増設すれば、1階の崩壊はさらに加速するでしょう。 コメント内容から見て、既に1階が潰れかけている事実(「今でも殆ど崩壊が近い」)と、2階の増設により1階に更に負担がかかる事実(「給付内容を削る」)は把握できているはずです。 その把握している事実を無視して、「1階部分は従来通り」などという現実離れした妄想を説いても、それが現実になるわけではありません。

例えば、「2階部分の重みが1階部分に直接掛からないように地面から直接立てた鉄骨の支えを作るから大丈夫」と言うならば、それも立派な反論でしょう。 もちろん、その鉄骨の支えについても、実現性を無視して「作れば良い」と言っているだけでは話にならないので、具体的プランを提示する必要があります。 それをせずに、「理解不能」という自己の怠慢を理由に、問題提起を完全に無視しつつも、結論だけは頑として変えないのでは、無知な上に無反省を重ねる恥知らずでしょう。

混合診療禁止派は1階を守りたいだけで、2階のことなどどうでも良いのです。 ただ、1階の崩壊が加速しないようにするには、2階の増設を規制せざるを得ないから、不本意ながらに2階に干渉しているだけです。 そればかりか、寛容な混合診療禁止派は、1階を崩壊させない場合に限って2階を認める方向で考えています。 それが理解できないからと言って、誰も言っていない意見=「2階に上がる奴は許さん」を捏造しても何の意味もありません。

比較もまともにできない 

自由診療に関し、未認可の薬や手術法による事故や副作用を心配する声も聞くが、逆に保険適用範囲だから安全と言い切れない。 何事も選択の自由であり、問題が起きれば自己責任だ。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

妄想家には次の2つの安全性が同じに見えるようです。

  • 「未認可の薬や手術法による事故や副作用」
  • 「保険適用範囲だから安全と言い切れない」

妄想家にとっては、0%でも100%でもないものは全て同じらしいです。 妄想家にとっては、99%危険なものと99%安全なものが全く同じらしいです。

具体的な程度は定かではないですが、両者が同じわけがないのは、常識で考えればわかるでしょう。 さすがに、自由診療であっても、危険性が確実視されているは規制されます。 しかし、自由診療では、安全性や有効性の証拠がない「未認可の薬や手術法」が自由に使えます。 一方で、「保険適用範囲」のものは、安全性や有効性の証拠があるものだけです。 また、保険医療機関及び保険医療養担当規則等で規制が、違反者には保険医療機関や保険医の認定を取り消しなどがあり、保険医療機関や保険医は、安全性や有効性の証拠がない「未認可の薬や手術法」が規制されています。

もちろん、どちらも100%安全とは言えないし、どちらも100%危険とも言えません。 同様に、どちらも100%有効とは言えないし、どちらも100%無効とも言えません。 しかし、両者に歴然とした確率の差があることは言うまでもありません。 にもかかわらず、「未認可の薬や手術法による事故や副作用」と「保険適用範囲だから安全と言い切れない」を同列視するのは明らかに異常です。

仮に悪質な医療行為があれば、犯罪として対処すればいい。


自由診療では、厚生省の目が届かぬのを良いコトに、質の低い医療が往行するのではないか、と云う危惧もあろうかと察しますが、違法行為・脱法行為を取り締まることで対処できます。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

妄想家は、「犯罪として対処すれば」何でも解決すると思っているようです。

ここで、混合診療規制をなくしても「犯罪として対処すればいい」で「悪質な医療行為」が根絶できると仮定しましょう。 それなら、混合診療規制+「犯罪として対処」では、もっと「悪質な医療行為」は減るでしょう。 しかし、混合診療を規制して対処している現状でも、「悪質な医療行為」が広く行われています。 近畿大学の教授(当時)が近畿大学の公式サイト上でインチキ療法を宣伝していた例(民事訴訟の判決1,民事訴訟の判決2)や新潟大学の教授がバイブル本で怪しげな療法を宣伝している例は氷山の一角です。 今でも、「犯罪として対処」しようとしてもイタチごっこで、潰しても潰しても新しい「悪質な医療行為」が生まれてきます。 ということは、混合診療規制をなくしても「犯罪として対処すればいい」で「悪質な医療行為」が根絶できるとする仮定が間違っているということです。

こんな状況で混合診療規制を撤廃すれば、今より状況が良くなるわけがないのは明らかであり、状況が悪化するのは明らかです。 今ある規制を撤廃しろ言うなら、現実離れの妄想ではなく、少なくとも現状の規制と同等の効果のある具体的な対策を示すべきでしょう。 「犯罪として対処すればいい」「違法行為・脱法行為を取り締まることで対処できます」などという現実に反した妄想はお腹いっぱいです。

「有効性が確立していない医療を受けさせられる」,そもそも医療の有効性は極めて曖昧なものだと思います。 身も蓋もない言い方をすれば,有効性があるかないか,患者さん自身も知識を持つべきだと思います。 自分の病気のことなのに知識のない患者さんが多すぎると言われます。 (自分が服用している薬の内容すら殆ど知らない) 医者の言うことをハイハイと聞いていればいい時代ではないと思います。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

妄想家は、詐欺規制と患者の自己判断の区別できないようです。

混合診療における安全性や有効性の問題は、詐欺がしやすくなる制度の是非です。 一方、「医者の言うことをハイハイと聞いていればいい」かどうかは、患者の選択の問題です。 両者は全く次元の違う問題であり、患者が賢くなるべきだとしても、それは、馬鹿な患者を騙して良い根拠にはなりません。

現実と物語の区別 

医者も病院も、新しい技術を学ばない限り淘汰される時代なのだ。 ドクターXみたいな足の長い美人医師が登場して「私、失敗しないので」なんて言い出したら、絶対太刀打ち出来ないぞ。

混合診療「私、失敗しないので」 - 愛国画報

現実と物語の区別もつかない人だからしょうがないですね(笑)。 「ドクターXみたいな足の長い美人医師」なんて現実にいるわけが…皆まで言う必要ないですね。

これは酷い! 

願望と現実の区別がつかない妄想家でも言わないようなことを言う人もいる。

●ダンピングが規制対象

国民皆保険が成立するまでは、医師または医療機関が個別に自らの医療行為の値段を決めていました。 価格による競争もあったでしょう。

一方、国民皆保険の理念は、国民に等しく医療を保障するため、同一の医療行為には同一の診療報酬が支払われるというものです。 診療報酬は、医療の質と供給を担保するための適正水準で設定されているという前提ですから、値引きが行われてしまっては、皆保険の理念がズタズタになります。

つまり、国民皆保険が始まった頃、保険診療で値引きさせないことには、重大な意味があったはずです。

値引きが行われるとしたら、保険適用された複数の医療行為のうち、どれかを「自由診療」扱いにするという手法が考えられました。 例えば「当院の胃カメラは保険適用を外して自由診療としますから100円で受けられます。 ただしそれ以外の診察料や処方箋料は保険適用します」という手法です。

そういう集患目的・利潤目的の恣意的な保険外しを禁止した。 それが「混合診療禁止」の最初だと思います。

保険適用されていないものの上乗せ併用を禁止するという趣旨ではなかったはずなのです。

梅宮聡が斬る - ロハス・メディカルvol.121(2015年10月号)

あまりに酷すぎて、どこから突っ込んで良いのかわかりません。

「値引き」は可能? 

とりあえず、「保険適用を外して自由診療としますから100円で受けられます」という「値引き」が本当に可能なのか検証してみましょう。

万が一病気になったときに備えて皆でお金を出し合い、医療にかかる費用の一部又は全部をそこから拠出する医療保険の仕組みについては、労働者を対象とした健康保険法が1922(大正11)年に制定(1927(昭和2)年施行)され、農民等を対象とした国民健康保険法が1938(昭和13)年に制定(同年施行)された。 国民健康保険は、地域住民を対象とする普通国民健康保険組合(市町村単位)と、同種同業の者で構成する特別国民健康保険組合により運営されていたが、その後、敗戦と戦後の混乱のため、事業を休廃止する組合が続出した。 また、健康保険の適用除外である零細企業の労働者とその家族や、国民健康保険を実施していない市町村の居住者は、公的保険のない状態に置かれていた。

そこで、市町村に国民健康保険事業の運営を義務づけるとともに、市町村に住所を有する者は被用者保険加入者等でない限り強制加入とする国民健康保険法の全面改正が1958(昭和33)年に行われた(施行は1959(昭和34)年、市町村に対する義務化は1961(昭和36)年)。 こうして1961年に、国民誰もが一定の自己負担で必要な医療を受けることができる国民皆保険制度が確立することとなった。

こうした保険制度の下、公的保険の保険者から医療機関に支払われる医療行為の対価が診療報酬である。 我が国の医療保険制度では、個々の診療行為についてそれぞれ点数を設定し、それを積み上げて診療報酬を算出する出来高払い制度を基本としている。 診療報酬については、健康保険法制定後しばらくは各保険者で一点単価が異なっていたが、1958年には全国一律の報酬体系となった。


1961(昭和36)年の国民皆保険達成時における患者の自己負担は、被用者保険については、本人は負担なし、家族は5割であり、国民健康保険は5割であった。 その後、1968(昭和43)年には国民健康保険が3割負担となり、続いて1973(昭和48)年には、被用者保険の被扶養者も3割負担となった。 また同年には、自己負担分の一定額(月額3万円(当時)以上を超える額を支給する高額療養費支給制度が創設された。

平成19年版厚生労働白書第1章我が国の保健医療をめぐるこれまでの軌跡P.14,16

国民皆保険制度が確立した1961年当時は、「被用者保険については、本人は負担なし、家族は5割であり、国民健康保険は5割」でした。 まず、被用者保険の本人は「負担なし」なのだから、「保険適用を外して自由診療とします」とむしろ値上げになります。 その他の人にとっては、「家族は5割」「国民健康保険は5割」なのだから、診療報酬が200円のとき、「100円で受けられます」ではトントンです。 「値引き」になるには、診療報酬が200円より高い場合だけです。 そして、「集患目的」を達成するためには、診療報酬が200円よりかなり高くなければ成立しません。 でなければ、患者は、利便性の高い近くの病院や慣れ親しんだ病院を捨てて、わざわざ、別の病院に来ないでしょう。 仮に、ここで診療報酬が300円、「当院の胃カメラ」の原価が50円だったとします。 その場合、「値引き」により、患者一人当たりの利益は5分の1になります。 であれば、病院側が元を取るには5倍の患者を「集患」できなければなりません。

そもそも、病院に行っても、診察行為には値札などついていません。 わざわざ診察前に複数の病院から見積もりをもらって価格を比較する人もいません。 もし、そんなことをする人がいたら、病院に嫌がられるでしょう。 重病や命がかかっている患者であれば、値段よりも早く治してもらうことを優先するでしょう。 さらに、同じ値段なら、多くの患者は、小さな街医者よりも、大きな大学病院の方に行きたがるでしょう。 このように、価格競争が極めて発生しにくい市場において、5倍の患者を「集患」するなんてほぼ不可能です。

そもそも、常識に考えて、患者負担が軽減される保険診療に対して、「保険適用を外して自由診療」で価格競争を挑むなんてどう見ても無謀です。 5割引してようやく被用者保険の家族や国民健康保険トントンなのだから、初めから勝負になりません。 また、日本の皆保険制度での診療報酬はかなり低く抑えられていることで有名です。 そのせいで多くの病院経営が赤字なのに値引きなんてできるわけがありません。

というか、「保険適用された複数の医療行為のうち、どれかを『自由診療』扱いにするという手法」とか意味がわかりません。 「保険適用を外して自由診療」にして保険診療に価格で対抗できるなら、全て「保険適用を外して自由診療」にして「値引き」できますよね。 どうして、わざわざ、「保険適用された複数の医療行為のうち、どれかを『自由診療』扱いにするという手法」を使う必要があるのでしょうか。

「ダンピングが規制対象」? 

そもそも、「国民誰もが一定の自己負担で必要な医療を受けることができる国民皆保険制度」なのだから、患者のための制度であることは言うまでもありません。 混合診療規制が、国民に過度の負担をかけないための「保険適用されていないものの上乗せ併用を禁止するという趣旨」であることは、言うまでもないでしょう。 それなのに、「ダンピングが規制対象」とか全く意味不明です。 どこからそんな発想がでてきたのは理解に苦しみます。

編集者も転載者もおかしい 

普通の人が読んでも明らかにおかしい文章です。 執筆者は内科医を自称していますが、本物の医者なら読んだ瞬間にトンデモだと看破できるデタラメな文章です。 まあ、仮に、執筆者は何かに精神的に追い詰められていたとしましょう。 しかし、雑誌掲載を検討する編集者は、この記事の支離滅裂さに全く気がつかなかったのでしょうか。 さらに、この記事を真面目に紹介している人たちがいますが、どうしてこんな一目見て分かる稚拙な文章を採り上げたのでしょうか? 反面教師にするためでしょうか?


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