保険充実・混合診療の両立可能論の矛盾

規制改革・民間開放推進会議の詭弁 

そもそも医療とは患者と医師の自由な契約に基づき提供されるものであり、提供される医療の範囲と保険の適用の有無とは別次元の問題と捉えるべきである。 医療保険は、国民の支払う保険料と公的負担を財源として給付されるものであり、どの範囲の医療を保険の対象とするかの問題は、 保険に関する政策の在り方として混合診療の問題とは別にそれ自体独立して決定すべきである。 したがって、国民が負担能力に関係なく適切な医療を受けられる「社会保障として必要十分な医療」は保険診療として従来どおり確保しつつ、 いわゆる「混合診療」を解禁することは十分可能であり、「混合診療」の解禁が国民皆保険制度の崩壊につながるとの批判は的外れである。

規制改革・民間開放の推進に関する第1次答申 - 首相官邸

これではまるで、混合診療禁止派が「どの範囲の医療を保険の対象とするか」を混合診療と独立して決定すべきことに反対しているように聞こえる。 そんなわけはない。 すべきなのは言うまでもなく当たり前である。 混合診療禁止派が懸念していることは、すべきであってもされないことである。 すべきであることが何もかも必ず実施されるとは限らない。 そもそも、世の中が何でも理想通りに勝手に上手くいくなら混合診療も必要ないはずである。 だから、「解禁することは十分可能」と結論づけるには、すべきかどうかではなく、できるかどうかを問う必要がある。 できるかどうかを問わずして、「解禁することは十分可能」と結論づけるのは、明らかな論理の飛躍であろう。

それはさておき。

この点、現行の特定療養費制度による対応で十分とする見解があるが、同制度の下で医療技術及び医療機関ごとに個別に承認し、保険診療と併用した場合にその基礎的部分(初・再診料、入院医療等)に保険給付する方法では、 手続も煩瑣で時間がかかり、患者の多様なニーズへの迅速な対応や医療現場の創意工夫、医療技術の向上を促すには不十分である。

規制改革・民間開放の推進に関する第1次答申 - 首相官邸

次の二つは明らかに矛盾する。

  • 「従来どおり」の保険診療で「社会保障として必要十分な医療」が受けられる
  • 「患者の多様なニーズへの迅速な対応や医療現場の創意工夫、医療技術の向上を促すには不十分」

現状の保険診療は「十分」なのか「不十分」なのか、一体、どちらなのだろうか。 現状で「患者の多様なニーズへの迅速な対応や医療現場の創意工夫、医療技術の向上を促すには不十分」、つまり、「社会保障として必要十分な医療」が受けられないからこそ、混合診療解禁論が出てくるのである。 「従来どおり」の保険診療で「社会保障として必要十分な医療」が受けられるならば、混合診療解禁論は不要である。

混合診療フローチャート

そして、混合診療を解禁しても、それは保険診療の改善要因にはなり得ない。 混合診療による国民皆保険崩壊の原理のとおり、次のような事項が、保険診療を改悪する方向への影響を与えると考えられる。

  • 開発コストの安い自由診療に注力する製薬会社の承認意欲の減退
  • 新規参入予定企業による保険診療削減圧力
  • 政治家・財務省等からの医療予算削減圧力の強化
  • 原則解禁派の共闘脱退による患者からの保険充実圧力の弱体化

いずれも、定量的にはどの程度の影響になるかは定かではないが、保険診療を改悪する方向となることは明らかである。 製薬会社の承認意欲の減退についてのみ数学的に証明してみる。

  • 混合診療禁止での保険診療の医薬品の利益を①とする。
  • 混合診療解禁での保険診療の医薬品の利益を②とする。
  • 自由診療での医薬品の利益を③とする。
自由診療と保険診療の利益

この定義で承認によって得られる追加利益を計算すると次のようになる。

  • 混合診療禁止での承認によって得られる追加利益=①
  • 混合診療解禁での承認によって得られる追加利益=②−③

ここで、①=②と仮定すると、承認によって得られる追加利益は、混合診療解禁によって減る。 よって、製薬会社の承認意欲は減退する。 そして、③が大きければ大きいほど、承認意欲の減退も大きい。 混合診療解禁の必要性が高いということは、混合診療需要が多いということである。 よって、混合診療解禁の必要性が高いのであれば、当然、③は大きくなる。 つまり、混合診療解禁の必要性が高ければ高いほど、解禁による製薬会社の承認意欲の減退が激しくなる。 そして、製薬会社の承認意欲は減退すれば、確実に、ドラッグラグ・未承認薬問題は悪化する。

では、現状維持は可能かと言えば、 医療のムダの排除、透明化により、保険財政を効率化 「混合診療」の解禁の意義 - 首相官邸 限られた財源の下で、国民に質の高い公共サービスを提供する 規制改革・民間開放の推進に関する第1次答申 - 首相官邸 を前提にすれば不可能である。 ドラッグラグ・未承認薬問題の悪化を防ぐためには、製薬会社の承認意欲を現状維持としなければならない。 では、製薬会社の承認意欲を現状維持とするにはどうすれば良いか。 そのためには、承認によって得られる追加利益を、制度変更前後で変わらないようにする必要がある。 つまり、①=②−③が成立する必要がある。 式を変形すると、②=①+③となる。 よって、この場合、保険診療の医薬品の利益が増えなければならない。 そして、総診療需要が変化しないのであれば、これは保険診療の薬価の引き上げを意味する。 薬価を引き上げれば、それに伴って保険支出も増える。 ③が大きければ大きいほど、薬価の引き上げ幅も大きくなり、保険支出も増える。 混合診療解禁の必要性が高ければ高いほど、保険支出も増え、保険財政は悪化する。 以上のとおり、解禁後のドラッグラグ・未承認薬問題の悪化を防ぐためには、大幅な医療財源の増額が避けられない。 医療財源を減らせと言いながら、財源を増やさなければ解決できないなら、主張が支離滅裂である。 製薬会社の承認意欲だけ見ても、この有様である。

以上のとおり、前提事実からは、 国民が負担能力に関係なく適切な医療を受けられる「社会保障として必要十分な医療」は保険診療として従来どおり確保しつつ、いわゆる「混合診療」を解禁することは十分可能 規制改革・民間開放の推進に関する第1次答申 とする結論が成り立たないことは明らかである。 導きたい結論に都合良いように現状を「十分」にしたり「不十分」にしたりと、二枚舌を使いわけるから、このような明らかに自己矛盾した主張になるのである。 規制改革・民間開放推進会議以外の唱える両立可能論も、全て、これと同じダブルスタンダードを用いている。

仮に、「社会保障として必要十分な医療」を可能にする方策が本当にあるとしても、それは、混合診療の解禁とは全く無関係である。 よって、混合診療問題とは独立してその方策を実施すれば良いのであって、その方策が成功するならば混合診療を解禁する必要は全くない。

医療支出抑制論と混合診療解禁論の矛盾 

そもそも、医療支出抑制のために「保険の対象を縮小」すべきだと主張することは、混合診療解禁論と致命的に矛盾する。 何故なら、医療支出抑制のための保険縮小が正当化されるなら、混合診療への保険給付を停止することにも一定の妥当性が成立するからである。 国民皆保険の目的に照らせば、特定の医療手段を保険から外す前に、金持ちに対する給付を外すべきだろう。 患者の生きる権利を守るためには、医療費を自己負担できない貧乏人にとっての必要な医療は保険から外すべきではない。 混合診療を受けられる人と受けられない人のどちらを優先すべきかといえば、当然、混合診療を受けられない人の方だろう。 だとすれば、必要な医療を保険から外さなければならないほど医療支出を抑制しなければならないのであれば、その前に、まず、混合診療を禁止すべきという結論になる。

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