混合診療による国民皆保険崩壊の原理

概要 

混合診療解禁は、短期的に見れば、患者に一定の利益をもたらす。 しかし、混合診療解禁により、確実に、保険診療削減圧力が強まり、保険診療充実圧力は弱まる。 よって、長期的には、国民皆保険制度は崩壊する。

ほぼ抜け殻状態で制度を存続させることをもって「国民皆保険制度は崩壊しない」と言う者もいるが、それは大きな間違いである。 形だけの制度が残っても、その本来の目的を達成できないのでは、実質的には崩壊している。

国民皆保険制度は、国民が健康に生存する権利を守る制度である。 すなわち、貧富の差に関わらずに必要な治療(救命治療および重大なQOLを改善する治療)を受けられるようにする制度である。 国民皆保険制度の目的は、金がないために必要な治療が受けられなくなる事態を防ぐことである。 ただし、治療その物を受けられても、その後の生活が破綻するようでは、健康に生存する権利を守れたとは言えない。 言い替えれば、健康に生存する権利を守れるギリギリまで貧乏人に金銭的負担を求めても、国民皆保険制度の目的は達成可能である。 つまり、国民皆保険制度の目的は、所得再分配ではない。 国民皆保険制度の目的は、格差を是正することでもなければ、貧乏人に豊かな暮らしをもたらすことでもない。 もちろん、健康に生存する権利を守れるギリギリまでの底上げは必要となるが、それ以上の底上げも格差是正も必要がない。 国民皆保険制度としては、ただ、国民の健康に生存する権利さえ守れれば良いのだ。 といっても、所得再分配の必要性を否定しているわけではない。 所得再分配は別の制度によって行なうべきことであって、国民皆保険制度の役割ではないのである。

健康に生存することができれば、どんなに貧しい暮らしを強いられても、国民皆保険制度は目的を達成できている。 しかし、どんなに豊かな暮らしを送れたとしても、健康に生存する権利が脅かされるのでは、目的を達成できていない。 つまり、国民の健康に生存する権利が守れないなら、国民皆保険制度は崩壊しているのである。 国民皆保険制度が国民の健康に生存する権利を守れなくなっても形だけ制度が残っていれば「崩壊ではない」と言い張るのは詭弁である。

混合診療フローチャート

個別要因 

製薬会社の承認意欲の減退 

確かに、混合診療を解禁した直後であれば、ある程度の経済的余裕のある患者の選択肢は増える。 しかし、いつまで経っても新薬が保険適応にならなければ、長期的にみて患者の利益にはならない。 混合診療枠で一定の売り上げがあれば、製薬会社はコストをかけて保険適応をとりにいくインセンティブが薄れる。

日本医師会が混合診療解禁に反対する理由 - NATROMの日記

これを理解するには、まず、承認制度の実態を知らなければならない。 医薬品の開発を主導するのは、製薬会社であって、国ではない。 どんな医薬品を開発するかは製薬会社の企業戦略による。 国は、ただ、製薬会社の申請を待ち、申請内容を審査して、承認の可否を決めるだけである。 一部には、国の要請に応じて製薬会社が開発する医薬品もあるが、国の要請に応じるかどうかは製薬会社の自由である。 医薬品の承認には治験データが必要だが、治験には多額の費用が必要となる。 医薬品の開発は成功率が低いため、失敗分のコストも含めると莫大な費用が必要だ。 そして、開発費用を確実に回収して利益を得るには、特許を取る必要がある。 特許を取るためにも、比較的多額の費用が必要になる。 よって、製薬会社は儲からない医薬品には投資しない。 以上、医薬品は医療器具に、製薬会社は医療器具製造会社にそれぞれ読み替えれば、医療器具の事情になる。 これは、欧米でも同じである。

自由診療では、治験を行なう必要がないので、開発費用が大幅に安くなる。 また、価格を製薬会社が自由に決められるので、保険診療のように薬価が低く抑えられることもない。 製薬会社にとってみれば、自由診療は保険診療より魅力的なのだ。 利潤追求を求めるならば、保険診療よりも自由診療の方が良い。

もちろん、混合診療が解禁されても、承認申請を行なう一定の動機は残る。 何故なら、健康保険で使えるようになれば、混合診療を受けられない人の需要も取り込めるからだ。 しかし、混合診療が禁止されている場合と比べて、承認による利益は確実に減る。

  • 混合診療禁止での保険診療の医薬品の利益を①とする。
  • 混合診療解禁での保険診療の医薬品の利益を②とする。
  • 自由診療での医薬品の利益を③とする。
自由診療と保険診療の利益

この定義で承認によって得られる追加利益を計算すると次のようになる。

  • 混合診療禁止での承認によって得られる追加利益=①
  • 混合診療解禁での承認によって得られる追加利益=②−③

ここで、①=②と仮定すると、承認によって得られる追加利益は、混合診療解禁によって減る。 よって、製薬会社の承認意欲は減退する。 そして、③が大きければ大きいほど、承認意欲の減退も大きい。 混合診療解禁の必要性が高いということは、混合診療需要が多いということである。 よって、混合診療解禁の必要性が高いのであれば、当然、③は大きくなる。 つまり、混合診療解禁の必要性が高ければ高いほど、解禁による製薬会社の承認意欲の減退が激しくなる。 そして、製薬会社の承認意欲は減退すれば、確実に、ドラッグラグ・未承認薬問題は悪化する。

ドラッグラグ・未承認薬問題の本質と改革案に書いてあるとおり、患者の命に関わる重大な治療法であるのに、欧米で承認されて10年以上経っても日本で承認されていない医薬品は少なくない。 既に述べたとおり、この状況が混合診療解禁によって好転することは決してなく、悪化することは確実である。 ドラッグラグ・未承認薬問題が悪化すれば、混合診療を受けられない貧乏人の治療機会は奪われる。 金のない奴は黙って死ね!という状況に増々拍車がかかるのだ。 これを国民皆保険制度の崩壊と言わずして、何が崩壊なのだろうか。

原則解禁派は対策をとれば良いと簡単に言うが、それは極めて非現実的な夢物語である。 ドラッグラグ・未承認薬問題の悪化を防ぐためには、製薬会社の承認意欲を現状維持としなければならない。 では、製薬会社の承認意欲を現状維持とするにはどうすれば良いか。 そのためには、承認によって得られる追加利益を、制度変更前後で変わらないようにする必要がある。 つまり、①=②−③が成立する必要がある。 式を変形すると、②=①+③となる。 よって、この場合、保険診療の医薬品の利益が増えなければならない。 そして、総診療需要が変化しないのであれば、これは保険診療の薬価の引き上げを意味する。 薬価を引き上げれば、それに伴って保険支出も増える。 ③が大きければ大きいほど、薬価の引き上げ幅も大きくなり、保険支出も増える。 混合診療解禁の必要性が高ければ高いほど、保険支出も増え、保険財政は悪化する。 以上のとおり、解禁後のドラッグラグ・未承認薬問題の悪化を防ぐためには、大幅な医療財源の増額が避けられない。 医療財源を減らせと言いながら、財源を増やさなければ解決できないなら、主張が支離滅裂である。

新規参入予定企業による保険診療削減圧力 

それに、混合診療が解禁されれば、いずれ保険診療は削られ、貧乏人が受けられる医療の質は低下する。 それなりの収入がある人でも病気になったときのために民間保険に加入せざるを得なくなる。 オリックス大もうけ。 そのようなことを言ったら、「混合診療解禁がすぐに保険診療縮小につながるわけではない」と反論された。 なるほど、可能性としては、混合診療を解禁しつつ、効果的な保険外診療を順次保険診療に組み込んでいくという制度もあるかもしれない。 エビデンスが十分確立していない高度医療はまず保険外診療で行い、評価が確立し、コストが下がってきたところで保険適応を認めるのだ。

よさげに思えるが、まずそのようなことにはならない。 そもそも混合診療を解禁しましょうと言っている人たちの目的は、保険診療を削って自分たちの取り分を増やすことにある。 削れるだけ削ってくるに決まっているじゃないか。 しかも彼らは、その目的を隠していないよ。 むしろ、公的保険財政が改善するからこそ、混合診療解禁は良いと言っている。 ■「混合診療の問題点について」大阪府医師会 難波俊司副会長講演(大阪府医師会)や、■混合診療、解禁するとどうなる?(「やぶ医師のつぶやき」〜健康、病気なし、医者いらずを目指して)でも引用されているが、規制改革・民間開放推進会議の官製市場民間開放委員会が作成した資料を見てもらえば一目瞭然である。

混合診療解禁で保険診療が縮小されるのはガチ - NATROMの日記

保険会社にとっては、自由診療が拡大しないことには、参入機会が得られない。 保険会社以外の会社にとっても、薬価や診療報酬が安く抑えられる保険診療には魅力がない。 混合診療解禁によって参入を目論む企業にとっては、自由診療の拡大こそがビジネスチャンスとなる。 だから、新規参入予定企業が自由診療の拡大=保険診療の縮小を要求してくることは明らかである。

医療予算削減圧力 

国の支出を減らしたい財務省、他省庁の予算を減らして自省庁の予算を増やしたい族議員、財政“改革”をアピールしたい与党首脳らは、医療予算を常に削減したがっている。

■「混合診療の問題点について」大阪府医師会 難波俊司副会長講演(大阪府医師会)や、■混合診療、解禁するとどうなる?(「やぶ医師のつぶやき」〜健康、病気なし、医者いらずを目指して)でも引用されているが、規制改革・民間開放推進会議の官製市場民間開放委員会が作成した資料を見てもらえば一目瞭然である。

混合診療解禁で保険診療が縮小されるのはガチ - NATROMの日記

  • 財務省「お金がないから医療関係の予算を減らすよ」
  • 厚生労働省「患者の命を守るために保険診療は拡大すべきです!」
  • 財務省「混合診療があるから保険診療を減らしても問題ないでしょ?」

混合診療が禁止されていれば、国民の治療機会を増やすことが医療予算を確保する有力な口実になる。 しかし、混合診療が解禁されてしまえば、混合診療で対応できることを理由に予算が削減されることは確実だろう。 そうした医療予算削減圧力に対して、対抗する口実を失えば、逆らうことは難しくなる。

混合診療の保険給付増 

混合診療が禁止されている場合、混合診療が必要な患者にとっての選択肢は3つある。

  1. 抜け道を悪用してこっそりと混合診療を受ける。
  2. 保険給付を諦め、全額自費で受ける。
  3. 診療を断念する。

このうち、1番目の選択は、解禁後も保険医療財政には影響を与えない。 しかし、残りの2つは、確実に保険医療財政を悪化させる。 全額自費で受けていた人は、解禁後には、保険診療相当部分の保険給付を受けられる。 診療を断念していたケースでも、解禁によって診療を受ける人も出て来るだろう。 解禁によって診療を受ける人も、保険診療相当部分の保険給付を受けられる。 よって、混合診療解禁は確実に保険医療支出を増やす。 そして、保険医療支出が増えれば、それは保険医療財政の悪化要因となる。 保健医療財政が悪化すれば、医療予算削減圧力は増々強まるだろう。

混合診療分の支出増は無駄ではないとする主張もあろう。 確かに、支出増の一部は無駄ではないが、無駄な支出も含まれている。

有益な自由診療 無益または有害な自由診療
自由診療を受けなくても発生する保険給付必要必要
自由診療を受けた場合だけ発生する保険給付必要無駄

こうした無駄を防ぐには、混合診療を原則解禁するのではなく、現行の保険外併用療養費の枠組みの中で対象を拡大することが必要である。

保険診療充実圧力の弱体化 

確かに、混合診療を解禁した直後であれば、ある程度の経済的余裕のある患者の選択肢は増える。 しかし、いつまで経っても新薬が保険適応にならなければ、長期的にみて患者の利益にはならない。 混合診療枠で一定の売り上げがあれば、製薬会社はコストをかけて保険適応をとりにいくインセンティブが薄れる。 患者側も、混合診療を受けられる人と受けられない人とで分断され、一枚岩で保険適応を求める運動がしにくくなる。

日本医師会が混合診療解禁に反対する理由 - NATROMの日記

混合診療が禁止されていれば、未承認薬を使いたい患者にとって、承認を目指す点で利害が一致する。 患者の利害が一致すれば、現行延長派も原則解禁派も原則禁止派も、患者である限り共闘することができる。 しかし、混合診療が解禁されれば、原則解禁派が共闘から離脱する。 何故なら、混合診療の解禁で満足してしまう人にとっては、無理に承認を求める必要がないからだ。 未承認薬の承認を目指す共闘から多数の患者が離脱すれば、保険診療充実圧力は弱体化する。

シミュレーション 

A案:混合診療解禁のみ 

  • 混合診療が保険給付対象になることにより、保険給付が増えて短期的には財政が悪化する。
  • 数式での証明の通り、新療法の申請が滞るため、保険対象範囲拡大には急速な歯止めが掛かる。
  • 保険対象範囲が拡大し難いため、長期的には財政悪化に歯止めが掛かる。

A案では、確かに、長期的には財政が改善される。 この結果を見て「財政改善によって国民皆保険制度を守れるなら多少の犠牲は止むを得ない」と考えるのは明確な間違いである。

  • 混合診療は財政改善の役に立たないだけでなく、足を引っ張っているだけ
  • 保険対象範囲拡大に急速な歯止めが掛かるのでは、国民皆保険制度を全く守れていない

財政改善効果は、混合診療を解禁した効果ではなく、保険対象範囲拡大に歯止めが掛かった効果である。 むしろ、混合診療給付の分だけ、財政改善幅は減っている。 つまり、混合診療を解禁せずに保険対象範囲拡大に歯止めを掛ければ、もっと、財政改善効果を高めることができる。 すなわち、混合診療は財政改善の足を引っ張っているのである。 保険財政を改善すべきなら、その足を引っ張る混合診療を禁止すべきである。

冒頭で説明した通り、国民皆保険制度の目的は、国民の健康に生存する権利を守ることにある。 しかし、保険対象範囲拡大に急速な歯止めが掛かるのでは、国民の健康に生存する権利を守ることができない。 国民の健康に生存する権利を守ることができないのでは、国民皆保険制度の目的を達成できない。 目的を達成できずに形骸化しているのは、制度を守れているとは全く言えない。 どんなに財政を改善しようとも、形だけの制度が残ってその役目を果たさなくなるなら、何の意味もない。 役目を果たさなくなっても財政を改善しさえすれば良いと言うなら、国民皆保険制度をなくせば済むことである。 国民皆保険制度をなくせば保険財政は最大限改善される。 その代わり、国民の健康に生存する権利も守られない。 そのようなことが理想だとでも言うのだろうか。

混合診療解禁が保険対象範囲には影響しないという現実を無視した空論を唱える者もいる。 百歩譲って、その空論が正しいと仮定しよう。 その仮定では、保険対象範囲に影響しないのだから、財政悪化の歯止めも掛からない。 そうすると、保険財政に影響を与える要素は、混合診療の保険給付が増えることだけである。 よって、混合診療解禁が保険対象範囲には影響しないならば、確実に保険財政は悪化する。

B案:新療法承認に対する悪影響を完全に中和 

  • 承認によって増える製薬会社の利益が同等になる程度に薬価等を引き上げれば、新療法承認に対する悪影響は完全に中和される。
  • 新療法承認に対する悪影響が完全に中和されれば、保険対象範囲拡大には歯止めが掛からない。
  • 保険対象範囲に影響がなく、かつ、薬価等が上がるならば、保険給付額は増大する。
  • 混合診療が保険給付対象になることにより、さらに保険給付が増えて短期的には財政が悪化する。

解禁による保険対象範囲への影響を中和すれば、保険財政は大幅に悪化する。

C案:中和度合いを財政が悪化しない程度に抑圧 

  • 薬価等の引き上げ幅を少し抑える。
  • 引き上げ幅を抑えれば、新療法承認に対する悪影響が完全に中和されずに残る。
  • それによって保険対象範囲が狭まり、かつ、薬価等の引き上げ幅が減るなら、保険財政は少し改善される。
  • 混合診療を解禁しない場合とトントンになるように薬価等の引き上げ幅を調整すれば、新療法承認に対する悪影響がある程度残る。

解禁による保険財政への影響をゼロにすれば、保険対象範囲への悪影響が残る。

まとめ 

以上のとおり、混合診療解禁は保険適用範囲と財政のバーターではない。 例えば、B案とC案の間を取ると、保険対象範囲拡大に歯止めが掛かり、かつ、財政も悪化してしまう。

財政が改善されるケースでは、保険対象範囲拡大に歯止めが掛かる。 ようするに、財政が改善される原因は、混合診療ではなく、保険対象範囲である。 それならば、財政改善のためには、保険対象範囲を見直せば良いだけである。 以上のとおり、保険財政は混合診療解禁の口実にはならない。

混合診療は全く役に立たないどころか、返って財政を悪化させるだけである。 それは、B案C案だけでなく、A案にも言えることである。 A案では、混合診療給付の分だけ財政改善幅が減っている。 つまり、混合診療は財政改善の足を引っ張っているのである。 保険財政を改善すべきなら、その足を引っ張る混合診療を禁止すべきである。


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